たいらくんの政治経済。

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2016/05/20

英国に学ぶ超競争社会での大学教育の在り方



もしも大学の授業料が、在籍する学生の満足度や講義内容の質に応じて決められるのだとすれば、高等教育はより良いものになるのでしょうか。日本の最高学府と謳われる東京大学や、iPS細胞に関する研究で一気に知名度を上げ、最新のQS世界大学ランキングで日本トップの座を奪った京都大学の講義内容の質や学生達の満足度が他の大学よりも高いという理由で、両大学が年間授業料の値上げを決めたとすれば、その判断は不合理だと非難されるべきでしょうか。それとも、両大学の更なる発展と競争率向上に寄与する貴重な資金源になると支持されるべきでしょうか。

急速なグローバル化の進展に伴い、国際的な大学間競争は過激さを増す一方ですが、こうした大競争時代を生き残るために、大学はどこまで学生やその保護者に経済的負担を強いるべきなのでしょうか。大学の授業料の高騰は、日本国内でも度々話題になりますが、同様な問題は、世界的な影響力を持つ大学を数多く有する米国や英国でも深刻化が進んでいます。この話題に関連して、先日、英国政府が示した改革案が相当な物議を醸し出しました。

■20年前は無料だった大学教育が年額120万円に


英国では、1998年に労働党政権下でイングランド国内の大学を対象に、年額1000ポンド(当時のレートで約22万円)の授業料が導入されて以降、後に施行された高等教育法により2006年には年額3000ポンド(約64万円)、更に4年後の2010年には保守党主導の下、年額9000ポンド(約121万円)にまで押し上げられてきました。

少し補足を加えますが、この9000ポンドという金額は、年額9000ポンドまでの範囲であれば各大学の裁量で授業料を自由に決めてもいいという上限を定めたものです。とはいえ、殆どの大学が上限一杯まで授業料を引き上げているのが実情です。

ジョー・ジョンソン大臣によって明らかにされた今回の改革案によれば、早ければ来年秋にも高品質な教育を行っている大学であれば、年額9000ポンド以上の授業料の設定が認められることになります。英国政府の発表によれば、今回の改革案は、より質の高い教育を学生に提供することを条件に授業料の上限撤廃を認めることで、学生の満足度向上にも繋がるとしており、大学間の競争を促すことで、顧客である学生から見た大学教育の価値向上にも貢献するものだとしています。

また、同大臣は、今回の改革案について「ポテンシャルを持つ人々全てが、出身地や身分にかかわらず、幅広い高品質な大学群の中から適切な情報を基に最も適切な大学を選択をし、最高の教育を受けられることによって、彼らの将来に向けた準備の手助けをするものである」と前向きに受け止めるコメントを出しました。

英国政府は今年中にも、どの大学を授業料上限撤廃の対象とするか策定していくとし、今後、継続的に各大学の教育水準を計る新たな枠組みづくりにも取り掛かると既に発表しています。

当然、保守党政権による一連の授業料の更なる値上げの動きに学生らは激しく反発しており、2010年以降、毎年のように発生している学生デモが更に過激化することが懸念されています。

■フェイスブックやグーグルに独自の大学を作らせる


更に、同改革案には、高い教育水準を維持できる限り、既存の大学以外の組織にも学位授与権を付与させるといった提言も盛り込まれており、このような提言に対し、全国学生連合の副代表であるソラナ・ビエル氏は、「極めて深刻な懸念を表明する。厳格な基準を設けないまま、新たな学位授与機関の創設を認めることで、学生が法外な請求に遭うリスクがある」とコメント。労働党のゴードン・マーズデン氏も同提言に対し、「急速な新たな学位授与機関の設立を認めれば、適切な管理が行き届かない」と警告しました。

保守党議員らの中には、フェイスブックやグーグル等の民間企業に独自の大学を設立させるよう促すことで、特定の産業セクターでの人材不足に対応することができるのではないか、といった意見を述べている議員もおり、今回の大学改革案が、単なる授業料改正に関するものに留まっていないことがより明らかになってきました。

英国の大学で学ぶ学生達にとって、最も心配なのは、授業料の上限が撤廃されるということは、事実上これまでの授業料の値上げとは異なり、教育水準に釣り合っている限り、事実上授業料に制限がないという点と、どの大学が授業料上限撤廃の対象となるのか、その詳細が未だに発表されていないという点です。加えて、昨年まで配布されていた低所得世帯の学生向けの大学進学一時金も既に廃止されており、今後、所得が少なくても学力のある学生らが名門大学への進学を諦めるケースも出てくるかもしれません。

民間企業に独自の大学を作らせるように政府が働きかけるとは、なんとも保守党らしい正に新自由主義的な提案なのかもしれませんが、お金持ちでなければ良い教育を受けられないという制度になってしまえば、英国の高等教育大国の栄冠もいずれは廃れてなくなってしまうような気もします。もっとも、日本がこの後に続く可能性もないとは言い切れないわけですから、対岸の火事だと思わない方が良いのかもしれません。


(注釈)
英国政府が発表した今回の改革案は、イングランド国内の大学が対象であり、スコットランドやウェールズの大学は含まれていません。年額9000ポンドという授業料は、イングランド国内の大学で学ぶ英国国籍の学生の場合であり、ヨーロッパ等の国外からの留学生は外国人向けの授業料が適用され、平均でも約15000ポンド(現在のレートで約240万円)支払う必要があります。また、イングランドでは各大学が政府より指定された上限までであれば、授業料を自由に設定できるといった権限があります。

2016/03/12

小学生が麻薬を買える今の日本社会に必要なこと

連日続く薬物犯罪の報道と使用者の低年齢化

覚醒剤取締法違反容疑で逮捕された元プロ野球選手の清原和博氏の話題に引き続き、今度は京都府で15歳の中学生と18歳の高校生が大麻取締法違反容疑で逮捕されるなど、ここ最近、薬物関連の犯罪がとりわけ若者たちの間で増えているような印象を受けます。昨年12月にも、同じく京都で12歳の小学6年の男児とその兄で17歳の高校生が大麻を吸引していたとして逮捕されるといった衝撃的な事件が起きました。 

こうした報道を受けて、恐らく多くの人は「なぜこんなに幼い子どもが違法薬物を入手できるのか」と不安を抱いていることでしょう。警察による事情聴取や捜査活動によって、徐々に入手経路が明らかにされている頃だとは思いますが、この話題に関連して、ロンドン大学のリア・モイル博士(犯罪学)が昨年、興味深い論文を発表していましたので、ご紹介したいと思います。論文では、英国の学生の間でみられる薬物供給ルートの常態化と社会的供給について詳細な考察が加えられていますが、同様な現象は、日本国内でもみられると考えられます。


知り合い同士で行われる小規模な麻薬取引

モイル博士の研究によると、調査対象としてランダムに選ばれた23歳から32歳までの様々な職業に就いている成人30名のうち、87%が過去1か月以内に麻薬を使用したと答え、その大半の入手経路が友人や知人を通じたものであったと答えています。こうした交流のある人々の中で供給されるドラッグには、コカインと合成麻薬MDMAなどのハードドラッグが過半数を占め、次いで大麻やマジックマッシュルームなどがあります。

注目すべきなのは、麻薬を使用者に供給するディーラーの大半がいわゆるマフィアなどの組織的な犯罪者グループに属するメンバーではなく、普段は社会人や学生をしている一般人で、またその多くが麻薬を購入する消費者の友人や知人であるという点です。とりわけ大麻については、比較的どこでも栽培できるため、生産から供給、消費までのサイクルが友人や知人同士といった小さなコミュニティの中で完結している場合も少なくありません。これは、麻薬犯罪の厳罰化に伴い、生産拠点が小規模化し、流通経路も複雑化を続けたためです。日本国内でも昨年12月、兵庫県で一戸建ての民家2軒を改装して大麻を栽培していたベトナム人2人が逮捕されていましたが、こうした小規模な大麻の生産は日本各地で秘密裏に行われていることでしょう。

これは推測に過ぎませんが、京都の子どもたちも、このように小規模生産された大麻をSNSなどを通して知り合った大人を通じて購入したと考えられます。 

麻薬問題を取り巻く誤解

麻薬犯罪のイメージとして、どうしてもマフィアや暴力団といった組織的な犯罪者グループをイメージしがちですが、近年になって、実際に麻薬を供給している末端のディーラーの大半が、凶悪性の極めて低い一般人であることが明らかになってきています。もちろん、コカインのように凶悪な麻薬カルテルが生産と供給の重要な役割を果たしているケースもありますが、こうしたカルテルは、米国政府による麻薬使用の厳罰化と武力を用いた制裁に伴って形成されたものであり、麻薬が違法でなかった頃には、こうした犯罪組織自体が存在していませんでした。

近年になって、オバマ大統領が過去に大麻の使用を認めたり、西欧諸国で大麻合法化の動きが進むなど、麻薬問題の捉え方が少しずつ変わってきているように感じます。これに関連して、英国をはじめとするヨーロッパ諸国で、ヘロインやコカインといったハードドラッグよりもアルコールの方が身体的・精神的悪影響が大きく、大麻やLSDよりも煙草の方が遥かに中毒性と依存性が高いといった研究論文が次々と発表されています。

こうした研究結果は、麻薬をアルコールなどよりも厳しく取り締まるという現行の法制度自体の妥当性を疑わせるものといえるかもしれません。その一方で、麻薬の使用は、既に存在している暴力団やカルテルといった反社会的組織の収入源となっていることも事実であり、単純に医学的な観点から法律の妥当性を論じることにも危険性があります。

効果的な解決方法を見出さなければ、問題は悪化する

しかしながら、米国で麻薬犯罪の厳罰化が刑務所収容者数の爆発的増加をもたらしたように、麻薬問題に対する施策を誤れば、問題をより深刻化させる可能性があります。また、麻薬犯罪は再犯率が性犯罪と同様に極めて高く、逮捕後の周囲からの綿密なサポートがなければまた手を出してしまうケースが非常に多いです。小学生ですら大麻を購入できてしまうという状況は改善しなければなりませんが、その一方で、彼らをどのように更生させるのかという点も考えていかなければなりません。

麻薬に手を出した人に社会的制裁を加えるだけでは、彼らを孤立させ、問題をより深刻にするだけです。法律で禁止されている以上、麻薬に手を出した人が犯罪者であることは間違いありませんが、厳罰化を進めるだけでは、問題は改善するどころか徐々に悪化しかねません。

麻薬問題はとても複雑で、解決の難しい問題なのです。

2016/03/02

18歳未満の店内飲食禁止――迷走する英マクドナルド

ドナルドも騒がしい子どもには厳しい??

■英国マクドナルドが導入した驚きの新ルール

国内でも迷走ぶりが指摘され続けているマクドナルドですが、昨日、英国マクドナルドが発表した新たな経営方針が日本マクドナルドに引けを取らない迷走ぶりでしたのでご紹介したいと思います。その経営方針とは、一部店舗での18歳未満の店内飲食の禁止。ハッピーセット(ちなみに米国や英国ではハッピーミールと呼ばれています)やそれに類する商品などで子どもをターゲットとした商売を1970年代後半から世界的に続けてきたマクドナルドですが、なぜこのような思い切った決断を下したのでしょうか。

18歳未満の店内飲食の禁止、その背景とは

BBC英国放送協会の報道によれば、事件の発端は、ストーク-オン-トレントと呼ばれる地区で数週間前に起きた20人もの10代の若者たちによる乱闘騒ぎだそうです。騒ぎの知らせに加えて銃声も鳴り響いていたことから、地元警察は武装警察官とヘリコプターを出動。結果、8人が逮捕されましたが、この時逮捕された全員が既に保釈中とのことです。英国マクドナルドは、今回の事件を受けて、反社会的行動をとる可能性のある18歳未満の顧客の店内での飲食を一部店舗で禁止するという新たなルールを設けました。より正確にいえば、18歳未満の顧客は、18歳以上の大人と一緒でなければ店内での飲食が許可されないといった内容です。英国マクドナルドは、BBCの取材に対し、今回の対応がとりわけ若者だけを狙っただけの措置ではないと主張していますが、逮捕者が出た事実に鑑みて「他の顧客の安全を守るために一時的な措置として」18歳未満のみでの店内飲食を一部店舗で禁止するに至ったと説明しています。

一連の報道に対し、ある視聴者は「子どもたちは学校帰りに街なかを出歩くし、安く食事ができるからマクドナルドに行く。彼らは他にどこにも行く場所がない」とコメント。一方で、銃声が鳴り響く深刻な乱闘騒ぎにまで発展したことを受けて、今回の英国マクドナルドが設定した新ルールを肯定的に受け止めている視聴者も数多くいました。

また、地元警察も「子どもたちの集団は、無料Wi-Fiを使いたいがために飲み物を1つだけ買う。これが迷惑行為へと発展する」と今回の英国マクドナルドの決断を間接的に支持するコメントを出しました。

「反社会的行動」という表現にはなにか物々しい雰囲気を感じてしまいますが、未成年の利用客による迷惑行為と捉えれば、思い当たる例は日本国内でもいくつもあるかと思います。子どもにこそ笑顔で食事を楽しんでもらいたいというのがファーストフードチェーンの願うところですが、子どもであるが故に店舗関係者や他の利用客を困らせているといった現状もまた事実です。

 ■解決しなけらばならない問題は山積み

いかにより多くの顧客に気持ちのよいサービスを提供できるかというテーマは、飲食店に限らずすべての産業関係者にとっての至上命題であることは間違いありませんが、今回のような極端な経営判断は、日本に限らず、イギリスでもマクドナルド離れを加速させかねないこともまた間違いないでしょう。

最後にちょっとしたこぼれ話ですが、あるイギリス人ネットユーザーは今回の報道に対して「反社会的行動よりも子どもの肥満問題の方が心配だからマクドナルド自体を禁止すべき」とコメント。今のマクドナルドには、場当たり的な問題解決を図るのではなく、もっと顧客の声に耳を傾けた抜本的な経営改革が必要なようです。

2016/02/15

「AO入試」は、日本の国際競争力を低下させる

問題点の多いAO入試

STAP細胞問題の当事者で、手記「あの日」を出版した小保方晴子氏。「どうして解散するんですか?」と衆院解散総選挙を疑問視した小学校4年生になりすましたことで、安倍首相に批難された青木大和氏。社会的にも大きな話題になった両者ですが、他にも共通しているのは、どちらもAO入試出身者であることです。AO入試は、欧米型の入試制度を意識した比較的新しい入試制度として、現在では殆ど全ての国公私立大学で導入されており、先日、早稲田大学は2016年度入試よりAO入試での採用枠を全体の60%近くまで段階的に増やすことを発表しました。

結論を先に述べてしまいますが、現行制度のままAO入試を広げることは日本の国際競争力を著しく下げる非常に大きな社会的リスクをもたらす危険性があります。

AO入試が導入された背景

従来型の一般入試とは全く異なり、基本的にペーパーテストでの学力判定を行わないことを特徴とするAO入試。学科試験では測ることのできない受験者本人の社交力やリーダーシップ力などの様々なスキルを、内申書や志望動機書、面接や小論文などによって多角的に評価し、合格者を選抜するというものです。こう書けば聞こえは良いですが、実態は、大学全入時代を受けた受験者の青田刈りと一般入試の偏差値操作を目的とした入試制度で、学科試験を課さないが故に様々な弊害が出てきています。

AO入試が様々な大学で入試制度として導入された背景には、かねてより問題視されていた「学力偏重主義」が要因のひとつとして挙げられます。この対応策として、学力以外の能力を伸ばす目的で導入された「ゆとり教育」という新たな制度のもとで後期中等教育課程を修了した高校生たちの受け皿として存在するのが「AO入試」という訳です。

いわゆる「つめこみ教育」への反省から生まれたAO入試ですが、現行制度では受験生本人の学力を正確に測れないため 、本来は合格できるはずのないレベルに合っていない大学に進学できてしまうケースが続出しています。学力以外の能力も多角的に評価するはずのAO入試を突破した学生の中には、「常用漢字が書けない」「高校1年生レベルの数学問題が解けない」「全く英語力がない」などといった大学生としての基本的な学力すら欠ける場合が少なくありません。これは、受験者本人の総合的な学力を客観的に測る参考資料が高校からの内申書だけだからです。

欧米型のAO入試と日本のAO入試は大違い

仮に、偏差値40程度でNPO団体を通した政治活動を行っていたA君となんら特徴のない偏差値65の真面目なB君がいたとします。ともに偏差値65程度の大学を目指しA君はAO入試でB君は一般入試で同じ大学の入学試験を受けましたが、結果はB君の不合格発表を待たずしてA君が早々に合格を決めてしまいます。基礎学力のないA君は大学の講義の内容が全く理解できず、1年目の夏休みを待たずして大学を中退してしまいました。AO入試出身者の大学中退率が非常に高い理由のひとつとして、受験生たちの致命的な学力不足を挙げられずにはいられません。また、AO入試の入試日は、基本的に、一般入試よりも数ヶ月から半年以上前倒しで行われるため、合格発表時期も極端に早く、合格発表後の急激な学力低下に拍車をかけています。

とはいえ、AO入試それ自体が問題であるという訳ではなく、ガリ勉だけが名門大学に行くことも正しい大学教育だとは言えません。結局のところ、現行のAO入試の最大の問題点は、大学が独自に学科試験を課して公平な学力評価を行っていないという1点に集約できます。

欧米型の入試制度を参考にしたとされるAO入試ですが、欧米では日本でいうところのセンター試験のような統一学力テストの点数の提出が義務付けられている場合が殆どで、難関大学では9割近い点数を叩き出す必要があります。こうしたなかで欧米の大学の間でボランティアなどの課外活動が重視される理由は、十分な学力と意欲的な姿勢を兼ね備えたバランスの良い学生を採用するためであり、日本のような学力を無視したAO入試とは本質的に異なります。

中国や韓国などで度々報じられる過度な受験戦争の様子ですが、基本的な学力を欠く大学生を量産するAO入試の更なる拡充は、日本の国際競争力を著しく低下させる危険性が高く、制度改革を推し進める必要があります。そもそも従来型の受験は、非常に辛いもので、地道な勉強に日々取り組む必要があるものです。こうした経験を通して培った忍耐力や目標を実現させる能力といったスキルこそ、今後更に競争が過激化する国際社会において必要とされる人材ではないでしょうか。

中途半端なボランティア活動や適当な志望動機書を誇らしげに掲げて大学進学を決める人が今後増えていくとすれば、それは暗い未来への片道切符であると言わざるを得ません。

AO入試専門塾で横行する不正行為

AO入試の更なる問題点は、AO入試に特化した専門塾が現れ始めたことです。勉強方法を教わる一般的な学習塾とは異なり、AO入試専門塾は志望動機書の書き方や面接の対応方法を教えます。パターン化された書き方や口頭質問の返し方を教わることで、AO入試のためだけの知識を貯めこんでいくという訳です。なかにはお金を払って志望動機書を代筆してもらう、専門塾の講師が別に運営するNPO団体に名前だけ所属することでボランティア活動に従事したという虚偽の実績を作り上げるなど、信じられないような不正行為を行うケースも少なくありません。面接に至っては、グループ面接の際に同じAO入試専門塾に通う生徒同士で予めシナリオを作り上げておくなどといった口裏合わせも常套手段のひとつとして用いられています。

こうした不正行為を大学側が見抜くためには大変な労力が必要です。もっとも、大学側も然程受験生らによる不正行為を気にしていないのかもしれません。様々な大学で今後拡大が予定されているAO入試ですが、不正行為を働いた方が合格しやすい制度である以上、受験生本人や彼らを大学に送り出すことで利益を得る専門塾、青田刈りをすることで早めに学生を確保できる大学のどの立場にいるどの人たちにとっても不正行為をしないメリットがあまりありません。


また、一般入試枠を殆ど増やしていないにも拘らず、AO入試に固執する理由のひとつに大学側の偏差値操作の意図が見え隠れしています。一般入試枠の競争率を極端に高い状態にしておけば、学科試験突破に必要な偏差値は自ずと高くなります。偏差値主義な日本の教育現場において、高い偏差値の大学に行くことは良いことなので、一般入試枠を増やさないことは、大学にとっても高評価を維持でき、AO入試受験者にとっても受けてもいない学科試験が難しいことで入学後の嬉しさが増えるという訳です。

AO入試は、比較的新しい形態の入試制度であるが故に、従来の高校教師や学習塾講師が想定するカリキュラムでは対応できません。ところが、このニッチな市場に目をつけたのがAO入試専門塾で、その特殊性が故に一般的な学習塾とは比較できないほど高額な授業料を課している場合が殆どです。こうしたAO入試専門塾に所属する生徒が、概して親の所得水準が高く、私立高校出身で、地道な勉強を苦手とする、口だけ達者な場合が多いのは、入試制度自体が真面目に勉強をしてきた学生を過小評価してきたが故に起きている現象ともいえます。AO入試の拡充は、大学生たちの間での多様性を失わせ、経済的に恵まれない高校生や地道に勉強することが好きな学生の将来を潰してしまいかねません。

AO入試を突破する上で最も重要なのは、いかに華やかな実績を残し、それを雄弁に語れるかということに尽きます。そもそも、一般入試ではまず入学できない大学を目指しているケースが多いわけですから、自分自身に下駄を履かせて、本来の自分以上の嘘偽りの自分を演じ続けなければなりません。こうした中で得た偽りの自分やハリボテの知識、場当たり的な対策が、日本社会にどう役に立つといえるのでしょうか。 こうした視点で改めて小保方氏らをみると、新しい解釈の余地があると思えて仕方ありません。

AO入試出身者で活躍している人たちは一般入試で合格できた

それでもなお、AO入試の支持者たちはこう言うでしょう。「AO入試出身者でも英語力抜群で、基礎学力も十分、将来の夢の実現に向けて頑張っている」。でもここに大きな矛盾があることに彼らは全く気づいていません――こうした活躍している学生こそ従来型の一般入試が評価してきた学生であるということを。

意欲や社交性、リーダーシップ力などといった曖昧な能力を学科試験だけでは十分に評価できないといった問題提起から始まったAO入試ですが、問題意識を持ちすぎることで本来あった良さが失われつつあります。AO入試出身者で、様々な分野で活躍の場を広げている人もたくさんいますが、こうした人達の多くは、基礎学力もあり、必ずしもAO入試でなければ合格できなかった訳ではなく、大学で取り組みたいことが明確にあるが故に一足先に受験生活を終えられるAO入試を選んだだけに過ぎません。AO入試出身者の方が大学進学後の学力や意欲が高いといった反論がいかに的はずれなものであるかということを、AO入試推進者は身にしみて理解する必要があります。

大学とは、勉強をする場所であって、あるのかないのか分からない細胞をあると叫ぶ場所でも、小学生になりすまして政治活動をする場所でもありません。


現行の受験生本人の学力を無視したAO入試制度では、日本の未来は暗いままです。仮に、AO入試本来の目的に沿った形で日本の大学入試制度を改めるとすれば、それこそ一般入試とAO入試という区分を廃止して、学力と学力以外の能力を同時に測ることのできる、学科試験+AO入試という形が最適解なのではないでしょうか。