たいらくんの政治経済。

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2014/06/11

銃と麻薬とカーニバルの街、リオデジャネイロへようこそ

ファベーラで暮らす人々

1930年に最初のワールドカップがウルグアイで開催されてから84年目を迎える今年、記念すべき20回目の大会が同じく南米のサッカー王国ブラジルで行われる。2年後の2016年には、南米初の夏季オリンピックの開催も予定され、ブラジルは世界で最も注目を浴びている国のひとつとなっている。なかでも、ブラジル第2の巨大都市リオデジャネイロは、開催直前を迎えたワールドカップやオリンピックの中心地としてかつてない程の活気と期待に満ち溢れている。

人口600万人、都市圏全体では1200万人近い人口を抱えるリオデジャネイロは、サンパウロに次ぐブラジル第2の都市として有名だ。グアナバラ湾に面して形成された都市は、世界でも最も美しいと称される砂浜やコルコバードのキリスト像等でも知られる。陽気な住民であると同時に敬虔なキリスト教徒でもあるリオの人々の生活は、その実態を知れば知るほど興味をそそられるという。

リオの人々は、他の多くの発展途上国で暮らす人々がそうであるように、2つの全く異なった空間のうち、どちらに住んでいるかという違いでその生活実態は驚く程異なってくる。一方はアスファルト(Asphalt)と呼ばれ、国内でも最も経済的に恵まれた人々のための場所。そして、もう一方はファベーラ(Favela)と呼ばれるスラム街。そこには何百万人もの人々が貧困ラインよりも遥かに下回る極貧の生活を送っている。

ファベーラに住む人々に言わせれば、ブラジルに訪れる外国人観光客が愛する壮麗なビーチや整備されたホテル、高所得者層向けの高級レストラン街の並ぶアスファルトは、リオの一部でしかない。アスファルトの煌めきの陰に隠れたファベーラにこそ、リオ本来の姿があるのだという。そんなファベーラの存在は、観光客はおろか自国の政府からも無視され続けてきた。少なくとも、ワールドカップの開催が決まるまでは。

ファベーラの町並み

リオデジャネイロでは今、2つの世界的なスポーツの祭典に備えて急ピッチでスタジアムの建設や主要な道路舗装化工事などの都市開発が進められている。ブラジルにとって、ワールドカップとオリンピックの主催はまたとないアピールの機会。莫大な開発事業に併せて国外からの投資も進んでおり、それらの経済効果は測り知れない。だが、ファベーラに住む人々にとっては、穏やかな話ではない。1970年代の軍政権時代から散発的に行われてきた浄化作戦という名の土地再開発事業(Pacification)は、多くのファベーラ住民の生活領域を脅かしてきたが、ワールドカップに向けた準備が本格化する中、その頻度が急激に増加している。とはいえ、ファベーラにも政府の動きに抵抗する上での十分な力があり、開発事業は順調には進んでいない。

ファベーラは、警察や行政府の影響すらも受け付けない場所だ。多くのファベーラは、地元の麻薬組織によって徹底的に管理され、ファベーラ内の取り決めは全て組織によって定められている。リオは世界でも最も殺人率の高い危険な街としても有名だが、こうした凶悪犯罪の発生率は、ファベーラへと一歩足を踏み入れることで何倍、何十倍にも高まってしまう。だが、不思議なことに、多くのファベーラがそうであるように、どこも表面的には秩序だった安全そうな街に見えるのだ。

麻薬組織は決してファベーラの住民を意図的に傷つけようとはしない。あくまでもファベーラ毎に定められたルールに従って住民を取り扱っている。ルールを破った者には相当の罰が与えられるが、住民はルールさえ守れば、麻薬組織によってファベーラ内での安全を担保することができる。こうした麻薬組織とファベーラの人々との間の信頼関係が、ファベーラを安全で活気に溢れた場所のように見せている。

ファベーラでは、当然のように拳銃や自動小銃、そしてコカインから大麻までのありとあらゆるドラッグを目にすることになる。麻薬の多くは隣国コロンビアからもたらされ、ファベーラの住民がこれらに依存することで、組織へと金が流れる仕組みだ。末端価格でも数百円から千円程度で手に入れることのできる麻薬は、既に金銭的に困窮しているファベーラの住民ですら手の届く品物となっている。

麻薬同様に有名なのが、麻薬組織主催のダンスパーティー、バイレス(Bailes)だ。バイレスは夜通し行われ、飲食品や生活用品の販売等、ファベーラ住民の小規模ビジネスを支える重要なイベントであると同時に、組織にとってもドラッグを売りさばく絶好の機会をもたらしている。バイレスには、ファベーラ中の人々が集まり、酒とドラッグを手に日が昇るまで踊り続ける。ダンスをこよなく愛するファベーラ住民の日常は、ブラジルの伝統であると同時に、こうしたファベーラでのダンスイベントがサンバやマルシャ等世界的に有名な踊りを生む下地となった。

踊りはファベーラの人々にとって重要な文化のひとつ
麻薬や拳銃等といった言葉を聞くだけでも相当に物騒がしい印象を受けて当然なのだが、実際のところ、ファベーラ内には強い共同体意識が存在している。それはまるで古き良き昭和の日本社会でもあるかのような、誰もが他人を助けあう社会。ファベーラ住民は、限られた資材で家族のための家を協力して建てたり、働きにでる母親の子供の面倒をみたりする等、互いに頼り合うことで貧しい生活状況を乗り越えているのだ。

リオのファベーラを襲うパシフィケーション(再開発計画)の流れは止まりそうにない。政府は、これまで以上に警察の動員回数を増やすことで、スラム街の一掃を目論んでいる。だが、ファベーラの武装麻薬組織の存在は、問題の解決をより困難なものにしている。今年4月には、なかなか進まないオリンピックのためのスタジアム等の関係施設の建設事業の進捗状況に対して、IOCの副会長であるジョン・コーツ氏が「最悪だ」と直接的な表現を用いて強い懸念を示した。

警察と麻薬組織との対立の最大の被害者はファベーラ住民

踊りと同様にサッカー等のスポーツも愛するブラジルの人々にとって、ワールドカップやオリンピックの開催日は待ち遠しいものだ。だが、ファベーラ住民にとっては、自らの住み慣れた土地がなくなるかもしれないということもあり、複雑な心境である。市街地では大規模な抗議デモが発生し、警察当局が催涙ガスやゴム弾で対応する等、緊張が高まっている。これまで以上に警察と麻薬組織との対立が高まっていることで、ファベーラ内でも銃撃戦が頻発し、死者も少なくないという。

ワールドカップやオリンピックは、南米一の経済大国であるブラジルを更なる飛躍へと導く重要なイベントであることには間違いない。だが、世界のスポーツファンが興奮してやまないこれらのイベントの背景には、ファベーラの住民のように開発事業の陰で苦しむ人々がいることもまた現実なのだ。

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