たいらくんの政治経済。

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2014/07/09

教育王国スウェーデンの新たな挑戦

世界で最も先進的な教育制度と謳われたスウェーデンの教育モデル

義務教育の9年間を通して、台風や大雨で休校になること以上に幸せを感じた瞬間はない。徐々に接近してくる台風の最新情報をテレビや気象庁のウェブサイトで確かめながら、朝6時30分までに大雨暴風警報が発令されるのを心待ちにしていた。大学生になっても未だに休講に喜んでいる大学生は少なくないが、これはちょっと話が逸れてしまうので今度にしよう。 

休校になること程の喜びはないが、それでも小中学生にとって毎月のお小遣い日と同等かそれ以上に嬉しい日が、宿題のない日だった。宿題さえなければ、週末は思いっきり遊べるのだから、当時の僕にとって、これほど悦に入れる日は他になかった。教師から宿題がないことを伝えらた瞬間泣き叫びながら喜んだものだが、これに似た経験はきっと社会人になってボーナスが自分の給与口座に振り込まれる日にまた体験できるのだと思うと、人生とは楽しくて仕方ないものだと改めて思う。

 先日、ロンドン中心街にある勤務先に向かう途中、通勤電車の中で興味深い記事をみた。インディペンデント紙の教育特集によると、スウェーデンの南東部に位置するヴェストマンランド県の小さな市であるハルストハンマル市の市議会で、先月、 宿題禁止条例が左派社会主義政党であるスウェーデン左翼党の所属議員によって提唱されたのだという。この宿題禁止条例を推進する議員らが主張するには、スウェーデンの子供達は学校の授業時間だけで既に十分な学習時間が確保されており、従って追加的な課題を課すべきではないとのこと。この取り組みが実現すれば、ハルストハンマル市はスウェーデン初の宿題ゼロ行政区となる。市の教育委員会の議長を含む一部の教育関係者は、この条例について、「面白いアイデア」と前向きに受け取っているが、スウェーデン教育省の大臣を務めるJan Björklund氏は、「宿題を生徒に課すかどうかの判断は、市議会が決定すべき事項ではない」と反対の意志を示した。

こうした宿題禁止運動を含む教育改革がスウェーデン国内各地で熱心に議論されている背景には、スウェーデンの教育制度が先進諸国の中でも最も高い水準の地方分権的な教育政策の決定権の恩恵を享受していることが要因の1つとなっている。もっとも、第二次世界大戦後しばらくは徹底した中央集権型の教育制度であったが、より民主的で生徒一人ひとりの個性を重要視する教育観の浸透から、多くの権限が地方へと移譲されるようになった。こうした教育政策の裁量権に加えて、教育部門への積極的な投資と、高等教育を含む多くの教育施設の授業料が無料であること等の徹底した教育重視の姿勢が、国全体の教育水準と生徒の学力レベルの飛躍的な向上の実現につながった。事実、経済協力開発機構(OECD)が定期的に実施している国際学習到達度調査(PISA)の結果でも、スウェーデンは長年常に最上位レベルをキープし、教育関係者の間では「スウェーデンモデル」などともてはやされてきた。 

だが、近年になって、スウェーデンの教育制度に懐疑的な見方を示す人々が増えてきた。OECDが公表した2012年のPISAの統計データによると、スウェーデンのスコアはテストに参加したOECD諸国の平均値をも下回る結果であり、読解力を測るテストのスウェーデンの順位は2003年の8位から36位へと急落。こうした結果は、スウェーデン国内のみならず、世界各国の教育関係者に強い衝撃を与え、スウェーデンが長年世界に誇ってきた教育モデルの崩壊さえも囁かれるようになった。

 スウェーデンの学力パフォーマンスの低下の原因について、スウェーデン政府が推し進めてきた地方分権化を挙げる人々は少なくない。これまで、教育の地方分権化は個性重視の教育モデルに合った政策として支持を集めてきたが、近年になって、この地方分権化のデメリットともいえる教育政策上の失敗が目立つようになってきた。教育についての政府の関与が薄まったことで教育品質の低下が進み、地域間の学力格差等、深刻な問題が次々と起こり始めたのだ。1990年代以降、分権化の流れの中で教育部門の民営化も進み、それまで公立学校しかなかったスウェーデンにも、民間組織が管理運営する私立学校が設立されるようになった。加えて、教育政策の決定権限を地方に移譲すると同時に教育関連資金についても国税ではなく地方税から賄われるようになったため、地方税収入の多い比較的豊かな県とそうでない県との間での教育財政格差も徐々に深刻化していった。

 こうした教育制度上の問題に加えて、スウェーデンの教育関係者を悩ませているのが、移民問題だ。スウェーデンでは高齢化に伴う労働人口の減少に対応する形で、欧州諸国でも比較的寛容な移民政策がとられてきた。1970年代には、全人口の7%程を占めていた同国の移民率も、現在は15%を超えており、人口の10人に1人以上はスウェーデン国外で生まれた人々によって構成されている。スウェーデンの教育現場では、スウェーデン語が全く話せないか、もしくは殆ど理解することのできない移民の子供達と、他の子供達との間での学力格差が広がり続けており、移民率の高さもあって、学校レベルでは対応し切れない状態になっている。こうした背景から、これまでの分権化政策を改め、教育政策についての政府による管理の強化を訴える声が日増しに強まっていることは想像に難くない。もっとも、一部のスウェーデン人の中には、移民そのものを厳しく批判する者も現れるようになり、2007年7月に実施された国内選挙では、反移民政策を唱えるスウェーデン民主党が初めて国政に参加し20議席を確保、政権与党である中道右派4党の過半数確保の阻止に貢献している。 

更に、今年実施された欧州議会選挙においても、2009年に行われた前回選挙で1議席も確保できなかったスウェーデン民主党が2議席を確保し、スウェーデン全体の議席数である20議席の10%を占めるようになった。欧州各国では、移民政策が景気問題との関連で議論のテーマになることが多いが、スウェーデン国内では教育の質の低下と相まってより熱心な論争の的となっているのが現状だ。 

今回、ハルストハンマル市議会で提案された宿題禁止条例は、スウェーデンの民主的でリベラルな教育スタイルに合った、地方独自の教育制度改革の取り組みの1つといえる。最近になって、様々な問題点が指摘されるようになったスウェーデンの教育制度であるが、こうした教育上の課題に対する柔軟な解決に向けた姿勢は、これまでスウェーデンが様々な課題を乗り越えながら教育の質の向上を実現させてきた自己改善メカニズムの最も重要な下地になっているという点は間違いない。今後、スウェーデンが再度中央集権的な教育制度を採用するかどうかは現時点では分からないが、それでもスウェーデン国民にとって、教育関連のテーマが夕食中の話題から消えてなくなることはないだろう。

1 件のコメント:

  1. 非常にわかりやすくて面白いです。
    これからも更新お願いします。

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